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TEL.0296-55-1012

〒300-4403 茨城県桜川市真壁町長岡809

由緒YUISYO

御祭神

御 祭 神

伊弉册大神  速玉男大神  事解男大神

相  殿

天神七代大神  地神五代大神
天津彦根神   建許呂神    八雷神   
日本武尊    猿田彦神    稲荷大神
他七百三十七神

由緒

常陸国加波山は、南側に筑波山、足尾山、北側には燕山、雨引山、御嶽山と連立し、茨城の八溝山系に入る。
神社は、真壁郡(桜川市真壁町)と新治郡(石岡市大塚旧八郷町)との境上に秀聳える加波山上(標高709m 三角点)加波山三社の首座として、又、加波山信仰の総本山として、日本武尊の御創建にて始まると伝えられる本宮御本殿(奥ノ院)が四方を見渡し、鎮座されて居ります。
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創始最も久遠にして、実に第12代景行天皇41年皇子日本武尊東夷(福島、宮城)御征伐に際し、大任を成し遂げ帰途この地に到り神託によりて神詞を建て三神を勧請、奉祀された事に起源と伝えられる御社殿は神護景雲2年(768)奈良時代に創祀され、古書 常陸国誌 三大実録「貞観17年12月27日丁丑  常陸国正六位上 三枝祇神従五位」(875)の所載社である。
天慶年間 平将門、小山義政二乱により上代の規模失いましたが、建久、天文の間において、源頼朝、真壁長幹、家幹等の施資により社殿その他の建物改造ありと伝う。
天明年間(1781)火災にありたれば、社殿の再建致す。 社殿の破損酷く、その都度修復・修繕を繰り返しが、明治16年 崇敬者により改築する。
當山も八百年代に沙門入山し、別當寺神主 社僧時代に入り、神仏信徒の修行によりて錬磨及ぶ霊場となり、加波山本宮権現、加波山大権現と称し、三社分立に到るが、藩主・武将の祈願所と定め多く崇敬される。
社殿も国氏、郡司 或は武内等の寄進に依りて栄膳にあたるも、天文15年8月(1546)「加波山三枝祇社壇」名の真壁城主安藝守家幹 改築記念寄進額が、また本宮大神は貞観16年より数次昇階ありて、文政3年(1820)正一位の宣旨を賜り、今尚「勅宣 正一位本宮 加波山大神社」神祇官領勾當長侍卜部朝臣良長と認める寄進額が奉納されている。
慶安元年(1648)御朱印 真壁加波山社領百石を有し、明治初年 廃仏棄釈により神社に復元し、山岡鉄舟の書遙拝殿の額を所持し、また合祀殿として長岡に鎮座致す。
古より関東にて東の方位除社として著明でもあります。
※大正時代に親宮社務社殿管理を受け、護持運営を本宮に於いて致して居ります。

      
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      附記
明治17年 自由立憲政体運動、加波山事件記念碑(旗立石)山頂南側に建ち、当時の政治圧制を思い浮かばれる。
神社祭禮は、季節柄行われますが、八月の夏山開きは山内の岩窟、奇岩などに鎮まる霊場を先達の案内にて巡霊し、精神を鍛えられる行事となって居ります。
又、里宮にて冬至の日に執り行う火渉り神事は多くの参拝者にて賑わい盛大に行われます。
山々も、自然の美しい景観が四季折々に現れ、山は修験者との結び付きがあり、神秘的な体験が味わえ、関東一円日帰りコース(本宮道・親宮道)として多くの登山者にて賑わっております。

※加波山内に鎮座する社殿形態等も変動し、難解、社路にて御迷惑を御掛けしております。
加波山神社本宮

Kabasan jinja Hongu

加波山神社本宮

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